●Love Spiritual Peace(ラブスピース)とは●
   Love Spiritual Peace と dozen/Ren




2010年12月08日

後悔先に立たず。

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『後悔先に立たず。』
既にしてしまったことは、後から悔いても、もう取り返しが付かない。

という意味は知っていても、

『後悔』が、『怒り』と知っている人は少ない。


『後悔』が、『怒り』と、



この本で知った。





The blog of my lover.      Renlogo-1.jpg   
【Lotus Diary〜Ripe Of Source/dozen〜】


コースに『赦し』を学ぶように言われ、なかなか進めず、ようやく『赦し』に触れ始めたきっかけが、



この本。


『怒り』を学び始めて知ったのは、自分が知っていた『怒り』は、『怒り』のほんの一部だったということ。


数ヶ月かけて、上の2冊を読み進めて気づいたことは、『怒り』は、幻想を始めるきっかけをくれるということ。

『怒り』とは、激高するだけの感情かと思っていたが、本当は『今に居れなくする』感情なのだと気づいた。

『後悔』なんて、まさに幻想に入るのにピッタリ。


「過去にあんなことをしてしまった。」

「もしあの時、あれではなく、こうしておけばどうだったのだろう?」

「いや、こうではなく、あのようにしたほうがよかったか?」


幻想なので、無限に選択肢が出てくるし、その幻想をいつまでもウネウネいじくりたおして楽しむことができる。
(本人は楽しんでいるとは思っていなでしょうが・・・。でも好きだからやるんです!!)


で結局みんなが『後悔』したときに言うのは、「クソーッ!」や「悔しい〜!」といった類の言葉。

つまり『怒っている』表現をする。

『怒っている』から。


だから思った、『後悔』をしない生き方をしたいと。

で考えた結果は、

『真実の愛の法則』に沿って生きるしかない。


『法則』に沿った生き方をするのだから、他の選択の余地がない。

つまり、『選択の無い選択』をする。

そんな生き方しかない。
(これって過去に高次に言われていた。)


そのためには、『真実の愛の法則』というものを自分の実践を通して学び、自分のものにしていくしかない。

結局、『神聖さを軸とした自己探究』をし続けるというシンプルな答えに行き着いた。(笑


でも間違ってはならないのは、『自我だけの自己探究』では、『真実の愛の法則』には辿り着けないということ。

だからこそ、高次の存在が大事であり、その高次との媒体となる蓮の存在が大事なのだ。

なぜなら、自我は簡単に自分の都合で法則を歪める。
しかし、高次やその媒体となる蓮がいる限り、『神聖さの軸』を歪めてしまうことはできないからだ。

だからこそ、ラブスピースの『自己探究』は『神聖さが軸』なのだ。





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posted by dozen/Ryu at 19:53 | Comment(0) | 1012 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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