●Love Spiritual Peace(ラブスピース)とは●
   Love Spiritual Peace と dozen/Ren




2007年01月04日

今年の課題

去年の12月20日のキャンドルナイト、21日のリクエストカレッジ(京都)から、
12月23〜26日にかけて横浜でのカレッジ。
12月29日はトリンさんが京都に来たので、仲間内だけのスピカフェ。
大晦日の夜から元旦早朝にかけての鞍馬寺でのイニシエ。
そして昨日1月3日のキャンドルナイト。

ほとんど中2日で何らかの集まりがあった年末年始。
動きが加速している感覚がある。

その2週間の間には、俺がイニシエを3回も受けている。
こんなに短い間隔で、イニシエを受けることなんて今までなかった。


IMG_0008-2.jpg
しかも昨日のイニシエは、
『死からの再生のイニシエーション』だった。

このイニシエーションと今までのイニシエーションの大きな違いは、俺がイニシエートとして参加するのか、場のコントローラーとして参加するのかだ。
『死からの再生のイニシエーション』は、俺が蓮と共にイニシエートとして参加する。

初めてイニシエートとしてイニシエーションをしたのが昨日のキャンドルナイトだった。

最初はできるのか?とか、大丈夫か?とか、色々と雑念が頭の中をグルグル回る。
でも、イニシエの時間になれば、やらざる得ない状況。

蓮の気持ちがちょっとわかったような気がした。

蓮の変容やチャネル、イニシエーションというものは、やらざる得ない状況の中で起こっている。
そして、それらに沿うことの難しさも知っている。
その難しさの一部を表現したのが、「今年1年のありがとう♪(http://dragon-and-lotus.seesaa.net/article/30599498.html)」の中に書いた、

>昨日、蓮が言っていたのは、全く思考してはいけないのに気付いたと。
>これは、言葉に条件反射することまで含まれる。
>知らないことなら思考し出すことはないのに、知っている言葉を使われると無意識にその言葉に関連する思考が働き出す。

という部分。
ほんの一部分であり、全てを表現しているわけではないのだが、体験しないとわからない部分かもしれない。

それをずっと見せ続けているのが蓮であり、それをサポートしてくれているのが高次なのだ。

この凄さをどれだけの人が理解しているのか。
俺は側にいてもなかなか理解しがたい部分があるのだから、ブログやほんの一時を共に過ごした程度ではわからないと思う。


イニシエが始まった最初に、蓮、そしてモークが言ってくれたのは、
「感じるままに。」
ということ。

委ねるという難しさを理解している蓮、そして俺を信頼してくれているモークからの励まし。
やるしかないと自分に言い聞かせ、委ねようとするのだが・・・。

イメージが出てくるのだが、顕在なのか、アクセスでサポートしてくれているのか全くわからない。

かなり大事のように書いているが、俺がするのは足の上に手をかざすだけなのだ。
しかも、イメージでは一人一人違うから迷いが生じる。
たったそれだけのことなのにだ。(苦笑)


昨日、セイロウからアクセスがあり、カレッジの今年の課題をもらった。

「蓮は、自分に起きる様々な事柄を見せる努力をしてきています。
ここしばらく、これからの課題、これはあなたも同じ、蓮に触れた者の課題にもなります。

蓮にフォーカスし、どのように自分が霊的に誘われ(いざなわれ)てきたかを見せることです。 」


「誰もが自分自身によって、愛に帰還していけることをみんなで見せていく模範となることです。」

「その存在(蓮)を活用しない、上手く活用できてない、つまり、私たちが蓮を通し放つ光、火、愛を、愛を持って光として掲げること、照らす光として用いることを何より望んでいます。

そうすることで、誰もが愛の希望を持つことができること、そのことをおろそかに扱わないで下さい。
過小評価しすぎている。

そして誰もが、蓮そのものになれることを知らせることを誇りに思って下さい。

私たちが共通していることとして、新たな真の道に歩み直させるには、この非常に恵まれた時期を大いに活用したいのです。
ゆえに、今回ごくありきたりな人の歩みから成熟していく道を見せることが、真の救いになるということ(を)です。 」

「今回の蓮の道程は、人々に大いなる希望と(霊的進化の)可能性、そして自分というものの中に(すでに)ある霊性の進化を知らせることになるのです。
そして、父母男女原理の機能不全を解き放つチャンスです。
その霊的回復をも同時に取り戻していきます。

一人一人が自分のために蓮をツールとして用いること、神聖に用いること、改めて取り組んで下さい。
それがカレッジみんなの課題となります。

それら動きを私たちは大いに楽しみに見守ってます。
今年1年を通じての課題として扱って下さい。 」


途中の部分は抜粋しているが、今回に限らずいつも言われているのが、
『蓮に触れ、蓮をツールとして使いなさい。』
ということ。

これが本当に実践できていない。

なぜなら、
本当に委ねることを知らない。
本当に認めることを知らない。
本当の自分の神聖さを知らない。

これに尽きる。

今年の俺の課題は、本当の意味で委ね、認め、自己の神聖さを知ること。
それがパートナーの蓮に対して接し方、パートナーとしてのあり方を学ぶことにも繋がるのだ。




聖なるイニシエーション
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posted by dozen/Ryu at 16:42 | 0701 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする