●Love Spiritual Peace(ラブスピース)とは●
   Love Spiritual Peace と dozen/Ren




2007年01月12日

先走るクセ

1月2日、5日にセイロウ(サナンダの使い)からのメッセージ。
1月9日には、(A Course in Miraclesの)コース、セイロウからのメッセージ。
そして昨日、ラムサからメッセージがあった。

ほとんど間を開けずに降ろされるメッセージは、カレッジの件と闇の関与についてのこと。

かなり重要なメッセージばかりである。

そんな中、昨日はラムサから俺のクセについて耳の痛いメッセージをもらった。

12月の半ば過ぎから、蓮のキリスト化への誘いが起こり、それに対して高次から蓮の状態を安定の中に置くように協力を求めますと言われていた。
その前後から、ある人物が持っているかなり濃い闇が表出し始め、外からの闇と連携し、蓮の状態を安定させないように仕向ける巧みさを用い始めた。

この闇はすでに数ヶ月前に蓮が指摘していた。
しかし、俺は軽く見ていた。
そのため、蓮には非常に悲しい想いをさせてしまっている。

蓮がその闇を指摘した1ヶ月ぐらい後になって、シフからのメッセージでもそれをはっきり言われ、ようやく認識をした。

この俺の態度の現れが、実は、今回の闇を引き寄せてしまったことにも関係する。

この態度というのは、蓮を認めていないという態度。
これに関しては、サナンダにも声を大にして指摘され、その直後にシフにもやんわりと指摘された。
サナンダのときは、思わずエゴバリアを張ってしまい、その直後のシフにやんわりと言われることが返って身に染み、素直に指摘を受け入れられたのを今でも鮮明に思い出せる。(苦笑)

でも、この闇が出てきたおかげで、蓮を見る目が変わってきているのも事実。
そして、蓮に沿うこと(蓮をパイプとする霊性の愛に沿うという意味で)を心掛けるようになってきてはいる。
結果として、蓮を認め始めているのだ。

蓮を認めないというのは、高次たちの存在も認めないということ。
蓮は、高次たちのパイプなのだから。

違う側面から言えば、競争意識の現われ。
そして、自己を認めてないということにも繋がる。

これが先日から降ろされているメッセージの中にある神聖さにも関係する。
自分の神聖さすら認めてないということにも繋がるのだ。

これは年末に蓮にも指摘されており、そのときにようやく『神聖さ』の意味を理解し始めた。

『神聖さ』を求めるがあまり、自分の中に出てくる感情を抑圧していることに気付いていなかった。
近視眼的な視点になっていたため、ある人物が持っている闇と外からの闇と連携による不愉快さに、『怒り』を持っていたのを少し気付いていたのに、解放しようとしていなかったのだ。

その不愉快さが続き、気付いているのに、気付いていないフリをしようとして、『怒り』を抑圧していたのだ。
これが闇の誘い(いざない)とも気付かずに。

その抑圧した『怒り』の感情が、昨日のラムサのメッセージのすぐ後に、先走るクセに繋がってしまったのだ。
がしかし、そこで蓮が上手く促してくれ、事が大きくならずに済んだのは幸いであった。

ラムサ曰く、
『神聖さに沿う!!  これがあなたの大いなる課題です。

もっとも重要なことですよ。』

この沿うことが出来ずに、自分の利己的な考えや感情を下に『先走る』。
これが俺にとって非常に大きな課題なのである。

そして、これが闇が狙うところなのである。
ようは、弱点を突く。

クセとは弱点なのだ。

闇の巧みさとは、
闇の巧みさ(http://dragon-and-lotus.seesaa.net/article/31110783.html)でも書いたように、、『傷付いたインナーチャイルド』を利用する。
利用するのも、『傷付いたインナーチャイルド』が反応(自己防衛)するときの情動を利用するのだ。

情動とは、「恐怖・驚き・怒り・悲しみ・喜びなどの感情で、急激で一時的なもの。」

これを何回も利用し、情動の反応を刷り込み、そして思考へと影響を及ぼさせる。
これを繰り返すと、思考すらおかしくなってくる。
これが闇の関与の方法であり、かなりの時間を掛けて行われる。

だからこそ、本人にはごく当たり前な反応や思考なのだが、愛の視点から見れば不愉快極まりないのだ。

ということは、近視眼的な視点でなく、より全体を見渡せる目を持つことにより、自分の不快感を簡単に見つけられるはずなのであるが、見つけられない。
何故なのか?

答えは、
『意識下に顕在を置く。』
意識の中に顕在を置き、それをコントロールすること。

しかしこれは簡単にはいかない。
それは、インチャの反応に慣れてしまっている自分がいるからなのだ。
それが不愉快にも関わらず。

ということは、遠回りなようで一番の近道は、情動の元となるインチャを癒していくしかないということなのだ。
つまりは愛の選択。
そして蓮の言葉にしっかりと耳を傾けること。

これが今の俺にできる最大限のことなのだ。




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posted by dozen/Ryu at 19:08 | 0701 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする