●Love Spiritual Peace(ラブスピース)とは●
   Love Spiritual Peace と dozen/Ren




2007年01月17日

インナーチャイルドって何?

インナーチャイルドという3次元の概念がどうもおかしいように思える。

インナーチャイルドとは、自分の内にいる、幼少の頃に傷ついたままの自分と言われる。
その傷ついた自分を人格化したものが、『インナーチャイルド』ではないのか。

インナーチャイルドというものを設定し、自分の中に存在すると思う。
つまり、本当は自分なのに、インナーチャイルドとしての自分の側面を切り離しているのだ。

なぜ切り離すのか?

それは、より自分の部分を客観的にみやすくしてくれる。
が、しかし、都合よくインナーチャイルドのせいなどと言い訳にも使われているのも事実だ。


今日調べた『神聖さ』というのを辞書を使い読み解いていくと、子供らしさというイメージと重なる。
もう1度、この日記で調べた言葉の意味の一連を見てほしい。
神聖さってなんだろう?

もし、

『内的子供(インナーチャイルド)』=『神聖さ』

と考えたとしたら、『インナーチャイルド』のせいなどと言えるのだろうか?
これは、『神聖さ』のせいだと言っているも同じ。

置き換えてみることで、明らかにおかしいことがわかる。


つまり真の内なる子供とは、真に純粋な、神聖さと言えるのだ。

・・・とすると、一般的に使われているインナーチャイルドとは何なのだろう?

傷ついた!苦しめられた!大変なんだから!助けて!あなたのせいよ!などなどを訴えている、殻に閉じこもったこの存在は、いったい何なんだろう?

とても幼稚なエゴ、・・・という存在ではないか。
それがインナーチャイルドと呼ばれている。

だからインチャを癒す・・・と、なるわけだ。エゴを愛で癒す。

蓮が、何気にこれら↑を言った。
そしてさらに「光のインチャ、闇のインチャって言えばわかりやすいかもね〜」と、冗談で言ったことが、俺にはまさにわかりやすかった。

蓮曰くは、

「単にエネルギーなんだよ。
自分から湧き起こるエネルギーを愛に活用したのか、エゴに活用してきたのか。
一般的にみんなが言うインチャは、エゴの塊にすぎない。
そのインチャの、傷ついたというものは全部、自分の誤解じゃない。
どれだけの視野で、本当の意味で全てを見れてたと言うの、偏ってるじゃん!
究極を言えば、無防備に対する子供にした大人の機能不全さえ、生まれる前に自分がすでに承諾した事柄でしょ。
どこまで、人のせいにすればいいの?・・・その答が、出来上がったインチャじゃない。
幼稚じゃない。
だから子供、インチャなんでしょ?
だから、闇を引き寄せるんでしょ?
それを闇に利用された!なんて言えば、それももう『せい』だよね。
幼稚なエゴのインチャらしい物言いだけどさ(笑)
なんにしても『せい、や、せいかのよう』にしている限り、そのインチャに栄養を与え続けているのさ。
加担してる。防衛だね、その本人の。
自分じゃない結局すべては。
これらすべてに本当に気づいて本当に認めたとき、そのときに光のインチャがようやく顔を出せるんだよ。
その純粋さに蓋をしてきたのも自分じゃない。
わたしは、ようやくそのことがわかったよ。」



全ては自分。
自分に言い訳など出来ないからだ。




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posted by dozen/Ryu at 21:16 | 0701 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする