●Love Spiritual Peace(ラブスピース)とは●
   Love Spiritual Peace と dozen/Ren




2007年02月06日

『無=在る』と『生と死』

『在ると無は同じ』。
関連記事
⇒さらに目がヒラク(http://ryu-and-ren.seesaa.net/article/32719349.html

この気付きに至ってから、ちょっと霊的ハイのような状態になっていた感じがする。

1月31日に、俺のサードスピリットであるロウからメッセージをもらい、昨日ようやく文字に起こした。
すると、今までの心の状態がハイになっていたことに気付いた。

バランスを欠いた状態。

そしてロウのメッセージを聞いたからであろうが、『在る=無』という気付きをさらに深めようと頭にあるものを書き出してみた。

『無=在る』、『在る=無』。

この3次元で『認識』と呼ばれるものが働くと、無を在る状態にすることができる。

これって『錬金術』なのだ。
『錬金術』も結局は同じ法則の中に存在することも理解した。


内観をしながら自分の内にドンドン潜っていくと、到達する最後の中心部分は何も無い。
しかも、中心の部分に辿り着いた途端、その無の部分が自分の意識、つまり自己の周りに存在する。

外と内が一瞬のうちに逆転する現象が起こる。
だから『無』はゴールであり、スタートでもあるのだ。

『無』の中では、自己という意識を認識しているだけの自分が存在しているだけであり、自己を認識することをやめれば自己も『無』に帰すのだ。


実は、これは『肉体の生と死』に繋がるもの。

肉体の『生』のみを『生きる』と認識していれば、『生きる=在る』。
肉体の『死』のみを『死ぬ』と認識していれば、『死ぬ=無』。

自己という意識が肉体のみにしか存在しないからである。


『無=在る』、『生と死』は、同じ法則の中に存在していることがわかる。

『生と死』から『無=在る』まで辿り着くには、段階的に手放していかなければならないものが存在する。

3次元では、『恐怖』。
4次元では、『パワー』など。

『次元』が進むにつれ、手放すものも違ってくる。

これが本当の意味での『次元』と俺は考える。

だからそこ、全てはここに在り、この世界に包括されているのだ。
『あるがまま、今を楽しむ。』

完全に満たされた世界。
それは『次元』など関係ないのだ。




聖なるイニシエーション
愛の拡大支援クリックご協力お願いします^―^v
人気blog  精神世界  哲学ブログ  ブログくつろぐ
posted by dozen/Ryu at 22:13 | 0702 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする