●Love Spiritual Peace(ラブスピース)とは●
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2007年04月10日

蓮をツールとして使う。

蓮をツールとして使いなさい。

これは、1月2日に、セイロウからもらったメッセージの中にある言葉。


蓮をツールとして使うとは、本当の意味での使うとは、どういうことなのか。

もう一度、過去を振り返りながら考えてみた。

答えは、ひとつだけしかなかった。

『蓮に触れる。』


この『触れる』には、多くの意味が含まれている。

ちょっと辞書を調べてみると、

【触れる】
1)ある物が他の物に、瞬間的に、または軽くくっつく。ちょっとさわる。「肩に―・れる」「機雷に―・れる」「外の空気に―・れる」

2)脈が反応する。脈拍を指先に感じる。「脈が―・れなくなる」

3)(「耳(目)にふれる」の形で)ちょっと耳にしたり見たりする。「人の目に―・れる」「耳に―・れるうわさの数々」

4)あることを話題にする。言及する。「食料問題に―・れる」「核心に―・れる」

5)ある時期や物事に出あう。「折に―・れて訪れる」「事に―・れてからかわれる」

6)規則・法律などに反する。抵触する。「学則に―・れる」「法に―・れる」

7)怒りなどの感情を身に受ける。「勘気に―・れる」「怒りに―・れる」

8)感動・感銘を受ける。「心の琴線に―・れる」「心に―・れる話」

9)物に軽くくっつくようにする。「髪の毛に手を―・れる」「花に手を―・れる」

10)広く人々に知らせる。「隣近所に―・れて回る」

11)食べ物にちょっと手を付ける。


結構多岐にわたる意味が含まれている。

この中で、蓮をツールとして『蓮に触れる。』というのを考えてみると、

1)ある物が他の物に、瞬間的に、または軽くくっつく。ちょっとさわる。
3)(「耳(目)にふれる」の形で)ちょっと耳にしたり見たりする。
4)あることを話題にする。言及する。
5)ある時期や物事に出あう。
8)感動・感銘を受ける。
10)広く人々に知らせる。
11)食べ物(霊的滋養物)にちょっと手を付ける。

以上の事柄ではないかと思う。

と言ってもわかりずらいので、俺なりに噛み砕いて考えてみた。

1)そばにいる。
2)話しを聞く。

どうもポイントは、この2点に絞られるようだ。

まず
1)そばにいる。

この中をさらに噛み砕いていくと、
「エネルギーの波及。」、「そばにいる人間が必要なときに、イニシエーションが起こる。」というものが含まれている。


まず、「エネルギーの波及」とは、簡単な例で言えば、

懐中電灯で、暗がりを照らす。
当たり前の話しだが、距離により照らし出される明るさが違う。
懐中電灯に近いほうが明るい。

これを、蓮に置き換えると、

蓮との霊的な距離、物理的な距離が近いほうが、より蓮が発するエネルギーを受けとれる量が多くなるということだ。

霊的な距離というものは、なかなか顕在では理解しにくいのだが、物理的な距離は簡単にわかる。

とにかく物理的に蓮のそばにいることによって、エネルギーの波及が起こる。
しかも近ければ近いほど。

そして、そばにいる時間が長ければ長いほど、エネルギーの波及が起こる。
しかも知らないうちに。


最近特に感じるのは、エネルギーに対して以前より敏感になってきたということ。

例えば、蓮に変容が起こる。
すると俺も一緒にそのエネルギーを感じる。

蓮が瞑想状態に引き込まれるようなエネルギーの場合、俺も同じように瞑想に引き込まれている。

イニシエーションの場合も、エネルギーが降りてきているのがわかるから、そろそろ始まるかなと感じ取れる。

あとは、マリアのエネルギー。
これは、蓮と手を触れることによって流されるのだが、毎日買い物に行くのに手を繋いで行く。
そうすることで、その間ずっとマリアのエネルギーが流れていたりする。


そばにいるからこそ「エネルギーの波及」が起こる。

このエネルギーの波及とは、言い換えると霊的に心地良い状態になるように、高次のエネルギーが空間を満たしてくれる。
しかもそのエネルギーは、人の内へと少しずつ、その人が受け入れられる分だけ浸透していく。

その中で、
イニシエーションも受けられる。
カレッジにも参加できる。
コミュニケーションを取って、エッセンスをもらうこともできる。
高次からのメッセージも、もらえたりする。

というのはどういうことのなのか。

心地悪い状態で上記のことを行うのと、心地良い状態で行うのとは、効果(霊的成長)に歴然の差がでるのは簡単に理解できる。


ただ単に、蓮のそばにいるだけでもこのような状態の違いが起こる。
ほんのちょっとのことのようにも感じるのだが、しかし、これがちょっとのことではない。

人はちょっとのことと言い、ちょっとのことをないがしろにする。
しかし、日常の出来事というのは、ちょっとのことの積み重ねが振り返ったときに大きな出来事となる。

蓮に触れ続ければ、このちょっとのエネルギーの波及というものがわかるはず。
エネルギーを感じる、感じないではなく、蓮が出す何かしらのものが心の中に残るはず。

だからこそ蓮に触れた人は、また蓮に会いにやって来る。

時折蓮と話すのが怖い、触れるのが怖いという人がいる。

これは単に蓮に触れようとする人のスピリットの思い込みの場合もあれば、蓮が発するエッセンスにより自分と本当に向き合わなければならなくなるからである。

蓮と直接触れるのが怖ければ、カレッジの仲間に触れればいいと思う。
カレッジの仲間は、蓮に触れたからこそ、蓮のエッセンスがどういうものかをはっきりと知っている。

蓮のエネルギーの波及の相乗効果がカレッジにある。

だからそこ、この状態にいることを俺が今まで以上にしっかりと理解し、そして蓮を活用しなければとはっきりと認識できた。


〜続く〜
posted by dozen/Ryu at 19:29 | 0704 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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