●Love Spiritual Peace(ラブスピース)とは●
   Love Spiritual Peace と dozen/Ren




2007年04月11日

蓮への評価

蓮は、最近、より自分自身を知るということにフォーカスしている。
それは、みんなに奉仕したいと思っているからだ。

そして、何かをしようとする時に、蓮がよく言うのは、

『みんなも誘おう。』


蓮自身が一番よく知っているのは、蓮が高次の媒体であり、一緒にいれば、蓮が何かしらのエッセンスになるということ。
だから、誘おうとするのだ。
だから突然でもあるのだ。

そしてもうひとつ蓮がよく知っているのは、

『高次たちが蓮をツールとして一番活用している。』

ということ。

それを活用しきれていないのを最近俺は感じている。

ムラウスから宿題をもらって、今年に入ってからの高次のメッセージを読み返している。
そこで気になった言葉が、

『評価』

蓮への評価が甘いのである。
だから活用しきれない。

高次たちが一番ツールとして使っているのに、何故俺が使えないのか、一番そばにいる俺が。

それが俺の蓮に対しての評価ということに繋がった。

蓮が神聖さに沿おうとしているのを間近で見ている、俺の蓮への評価が低いのであれば、俺は蓮をツールとして使うことが甘くなるのも必然。

評価が低いツールを一生懸命使おうとするだろうか。
評価が高いツールだからこそ、一生懸命使おうとするのだ。

評価が甘くなる理由は、

『抵抗、認めたくない』

というインチャのクセ、もしくは霊的なインチャかもしれない。

しかし、蓮に対して抵抗すること、認めないことは、霊的なものに抵抗することでもあるし、認めないことにもなる。

これこそ『神聖さに沿う』ということの正反対のことをしていることになる。


この抵抗している俺にでさえ、高次はメッセージをくれている。
しかも、俺が持っている無意識の抵抗の部分へのメッセージをもくれるのだ。

これは、本当に愛ある行為ではないのか、それの媒体になってくれている蓮も同じ。

高次だから、蓮だからではなく、蓮がいなくては高次はこのようにメッセージを降ろせないのだ。
その行為、意味、そして蓮の存在をしっかりと評価しなければならない。


高次からのメッセージを読み返すことにより、このことに気づかせてくれたのも偶然ではないだろう。

これも蓮が媒体なり、より神聖さに沿うように心掛け、さらなる霊的成長を目指しているからだ。


posted by dozen/Ryu at 16:00 | 0704 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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