●Love Spiritual Peace(ラブスピース)とは●
   Love Spiritual Peace と dozen/Ren




2007年04月25日

蓮をツールとして使う。―5―

2)話しを聞く。
「気づきの促進」

話しを聞くというのは、ごく当たり前のようで、実は難しい。

『本当に聞く』のと『単に聞く』の違いは大きい。

聞くという意味の中には、『受け入れる』というのが含まれる。

『本当に聞く』というのは、『本当に受け入れる』ことになる、つまり『相手を認める』ことに繋がる。

なぜ『本当に受け入れる』ことができないのか。
これが「傷ついたインナーチャイルド」に関わってくるからなのだ。

「傷ついたインナーチャイルド」の反応は、「自己防衛」。
しかも、無意識に瞬時に反応する。
2007/01/09 コース

ある意味素直さは、嫌でも自分を直視することになります。
それがまたあなたの学びでもありました。

無駄なことは何一つないです。

しかし、人として生きるとき、二元性にまださらされ、未熟さ、あなた方がいう機能不全を身につけているときには、それらに対応するとき、触れるとき、入ってくるとき、たくさんの経験しますね。
それが嫌でもです。
否が応でもですね。

自分を制する前に、すでに反応は起きていきます。

わたしたちが人として生きるときにも、同じように学んでいますが、またおかれている環境もやはりわたしたちは一人ひとり違いますね。

しかし共通する、その学び法則においては同じ事を学びます。

接する前に反応する。
これが愛に傾けば傾くほど和らいでいきます。
そしてずっと、そうですね、傍観者ではないですが、ずっとずっと客観的に観れていきます。

いいですか?
成熟し、アセンションにいざなわれていくということは、そういうことを身につけていく。
本来の自分ですね、自分の状況に戻っていく取り戻していく。
その過程、その学びは、より成熟して戻っていくということです。 

しかも体験しながら。
これは大きく私たちの楽しみな学びの一つでもあります。

ゆえにあなたたちも楽しみ、学びにきた・・・ということです。

そしてアセンションにいざなわれていき、意識が拡大し成熟していき、そして、その成熟さには、また新たな学び、プロセス、そして奉仕の拡大へと拡がっていきます。

その際に、必然的に身につけていなければならない糧でもあります。

それが自己の本来として、自分で在る、そのように立てる、そのようにセンターにいる、そうで在ることは必然ですね。

でなければ、高次たちはあのように存在できない。 
そしてまた、あなた方に(例えばこうやって)奉仕できない。
そして、より大きな愛の学び、活動、もちろんありえなくなります。

あなたがたはそれに向かっている、そしてみんなもです。




このメッセージが指すのは、「傷ついたインナーチャイルド」だけを言っているのではないのだが、

『自分を制する前に、すでに反応は起きていきます。』

まさにこの反応が、

蓮の『話しを聞く』ときに、自分の内で起こっているのだ。

競争や認めて欲しいなどという「傷ついたインナーチャイルド」のクセ(自己防衛反応)が、『話しを聞く』を妨げる。

蓮の話しのエッセンスを捻じ曲げ、自分の論理の中に引きずりこもうとしたり、そんなこと気づいてるというような態度にでたり、怒ってみたり・・・。
とにかく様々に「傷ついたインナーチャイルド」のクセ(自己防衛反応)が出る。

で、その話しを聞いているときに気づくべきことに気づかないままになる。
しばらく時間がたってから、ようやく蓮が言っていたことに気づく。

そして思うのが、『聞けてない』。

素直に聞けばその場で気づいたことなのに、受け入れるのに時間がかかる。

でも結局『受け入れる』。
なら、素直に聞いたほうがよほど気づきが早くなる。

これに気づくのにさえ時間がかかった。

コースが言う、

『ずっとずっと客観的に観れていきます。』

という部分である。


時間がかかろうが、かかるまいが、蓮の『話しを聞く』ということは、必ず気づきを伴う。
だからこそ、真剣に話しを聞く姿勢こそが大切なのだと言い切れる。

兎にも角にも、『蓮の全てを認める』ことこそ、蓮をツールとして使えるということではないか。
posted by dozen/Ryu at 10:56 | 0704 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする