●Love Spiritual Peace(ラブスピース)とは●
   Love Spiritual Peace と dozen/Ren




2007年08月31日

実践あるのみ

今月の横浜カレッジは非常に濃い学びの場となった。

出来事は常に起こっているのだが、今回はやはりロウ(俺の3番目のスピリット)からのメッセージがかなり利いている。
⇒思いを口に出す(http://dragon-and-lotus.seesaa.net/article/52430797.html

このメッセージを聴いて、コミットし直したのだが、次の日にやらかしてしまった。

ここしばらくエゴが浮上気味の感覚はあったものの、意識をしっかりと軸に戻すことをしてなかった。
前日になり、mixiのコミュの内容がきっかけで、横浜カレッジのレッスン内容を変更しようかと迷いが出た。

どうしようかと思いながらも結論が出ず、とにかく対応できるようにだけ準備をし、レッスン内容はその時の流れを見て、臨機応変に対応することにした。
しかし、迷いが出ていることが、次第に焦りに変わる。
しかも無意識に。

結局自分の内が悶々としているのに止められない状態。

しかもそれに拍車が掛かるような出来事を蓮が頼んでくる。
これも学びなのだが、そのときは学びなどと微塵にも感じることはできなかった。

で、事は起こった。




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蓮を怒らせてしまったのだ。
しかも、決定的と思われる発言が蓮から飛び出す。

『解散しよか。』

(あとになって、蓮の言っている意味と俺の受け取った意味の違いがわかったのだが、上手く高次たちにはめられた。(笑))

明らかに俺の取った態度が悪かった。

そんなこと有り得ないと想っている自分がいる。
蓮の行動を見て、何が起こっているのか分析している自分もいる。
(まぁこれだけ一瞬にして色々なことを頭の中に巡らせることができたなと今になって思う。)

しかし、自分が取った言動や行動に対して謝ることが先決と蓮に素直に謝った。

それから蓮に諭される。
蓮としては、大事なポイントを伝えたという感覚であるが、俺には蓮に諭された感覚だった。

そこで浮上したエッセンスは、

『実践あるのみ。』

神聖さの土壌の上では、何ら反論できないし、言い訳も出来ない。
(本当に言葉が無いというのを体験した。)

それを知っているが故に、蓮の言葉を受け入れるしかない。

本当に神聖さに沿うしかないと実感した。


家に帰ってからも色々と思うところがあり、出来事を振り返り、落とし込みをしてみた。
そして出た結論が、

『神聖さ(蓮)に耳を傾けるときには、思考を止める。』

これは、聴くことに集中するということであり、集中することによって自分の内に神聖なエネルギーが流れる。
カレッジでよく言われる『軸を保つ。』ということ。

顕在は、聴いたものに対して必ずと言っていいほど判断をする。
機能不全の判断なので、善悪であったり、損得であったりする。
しかもそれは、自分にとって都合のいい判断になる。

だからこそ、聴いたことに対して判断せず実践することが大切になるし、それが神聖さに沿うということになる。

関連記事
⇒聴くことを学ぶ(http://dragon-and-lotus.seesaa.net/article/43444059.html


次に、

『顕在の思考は、感情に操られている。つまり、思考していると思っているが、それは本当の思考ではない。』

先ほどの「自分にとっての都合のいい判断」をさせるのが、実は感情と思う。
機能不全の上にある判断は、過去の経験から行われる。

そのもっともたるものが、『傷ついたインナーチャイルド』。

過去の心地良くない感情を味わった体験から学んだ自分を守るためのルールが判断の元になる。

だからそこ心地悪い体験をもう一度味わいたくないから、過去の引き出しから探し出し判断する。
それを考えている(思考)と思っているだけで、実は過去の感情の再体験ではないだろうか。

故に感情に振り回されることを止めようと思う。


次に、

『この物質社会は、霊性の具現でしかない。』

つまり、起こっている出来事は全て神聖さの具現でしかない。
だからこそ、全てが学びであり、日々実践していることになる。

蓮が話す内容は、顕在のように見えても霊的な具現と捉える。
それは、蓮がわかりやすい神聖さの具現と高次が言っているように、蓮が意識しようがしましが、蓮は神聖さをわかりやすく現すだけ。
本来は自分もそのはずなのだ。

そう考えると、全てが神聖さの具現と捉えるほうが自然と言える。

今回の横浜カレッジでmapが『日常が瞑想』と言っていた。
起こる出来事は如何様にも捉えられるが、神聖さの土壌の上に成り立っているのなら、日常全てが瞑想という状態にいるならば受け取れるものが違ってくることがよくわかる。


以上のようなことをすっかり忘れて生活している自分がいる。


結局これらの具現を引き寄せたのは自分でしかない。
霊的な視点から見ることが出来ないから具現が起こる。

具現は高次からのメッセージであり、愛なのだ。
自分を愛するが故に、自分の具現に対し学びを与えてくれる。

『神聖なる愛』なのだ。

そういう視点を継続しながら横浜のカレッジを過ごそうとコミットできるまで具現を与えてくれた蓮や仲間に感謝。

ありがとう〜♪

蓮、ありがとう〜♪

ラブスピースのみんなもありがとう〜♪
posted by dozen/Ryu at 15:05 | 0708 Love Life | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする